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ヒデムラ

妻が運営している「ご当地ですよ!」というサイトの中に、百名城のコメントを書いてくれと頼まれたことがきっかけで、ブログを始めました。
元々好きだった日本各地の城を実際に一つずつ訪ねる旅は、時間がかかることですが、思わぬ楽しみとなっています。

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白河城 ~白河城問答~

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白河城丹羽長重が、
南北朝時代の小峰城を改築して
建てた城であった。

長重が白河城主になるまでには、
苦難の連続であった。

父である丹羽長秀亡きあと、
篤実な長重はみるみる落ちぶれていった。

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そんな長重にも転機が訪れる。
人の運命を操ることにかけては天下随一の
藤堂高虎によるものであった。

高虎から家康への推薦もあり、
長重は白河に国をもらった。
十万石であった。

この話は、当時のことを考えると、
単なる「タナボタ」ではなく、
人柄を考慮しての大名配置であったであろう。

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丹羽長重の人柄を彷彿させるエピソードがある。

ひとつは、会津領主であった加藤嘉明が
白河を通過する時、
普請中の白河城を案内し、
意見を言ってくれとせがんだという。

適当に答えた嘉明にしつこく食い下がったそうだ。

もうひとつは、
やはり城内を案内したことのある
伊達政宗が白河を通過する際に、
重臣の片倉景綱

・・・・「この城、わしなら朝飯前につぶす」    
      
      といったところ、片倉は、

     「いや、この城に江口三郎右衛門(丹羽家の名臣)
     がいるかぎりは、落城は昼になりましょうな」・・・・



街道をゆく〈33〉奥州白河・会津のみち、赤坂散歩 (朝日文芸文庫)
/司馬遼太郎 より抜粋

と言ったそうだ。
いずれにしても、なめた話である。


しかし、高虎の人選は当たっていた。
自家の藤堂家は早々に徳川家を裏切ったが、
丹羽家は二本松城で最後まで
徳川家に忠義を尽くしたのであった。

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