
三代将軍、徳川家光の栄光の影で、
一つの命が消えようとしていた。
家光の弟、駿河大納言忠長である。
甲斐甲府城で、やがて下る裁断を待っていた。

「生まれながらにして将軍」の家光は、
徳川幕府を盤石にしようとする側近達によって
処分されようとしている弟忠長へ
救いの手を延ばす。
しかし、謀反の疑いのある忠長の
処分を寛容にすれば、徳川体制に隙が出来てしまう。
・・・・「春日、その方は何と思うぞ。
今日の評定でな、駿河を助けようと
申した者は一人もおらぬ。
駿河は、それほど皆に憎まれていたのであろうか?」・・・・
徳川家光〈1〉 (山岡荘八歴史文庫)

側近達が言葉を濁していたのに反し、
乳母、春日の局ははっきりと忠長の処分の必要性を語ったのであった。
のちに、高崎城に移送された駿河大納言忠長は自害。
家光と徳川体制の影に、若い命を捧げた。



