
武田信玄には変わった趣味があった。
いや、趣味と言うのは失礼であろう。
しかし、現代人から見ると非常に興味深い。
代表的なものは、居館、躑躅ヶ崎館の「厠」だ。
・・・・看経の間の奥に、信玄専用の厠がある。
この便所は六坪であった。
畳敷きにして十二畳ものひろさをもつ便所に、
信玄は朝と夜の二回、かならずといって良いほど入る。
入って数時間は出てこない。
領国の政治から、戦陣の研究、他国への外交など、
いっさいの思案が便所の中でおこなわれる。・・・・
真田太平記〈1〉天魔の夏 (新潮文庫)

善政を敷き、甲斐の領民の信頼があったならばこそ、
当時最強と言われた軍団を維持できたであろう。

また、忍びの者を良く使った諜報活動により、
情報戦略にも優れていたと言われる。
忍者小説の多くは、武田信玄を忍び使いの模範としている。
理由は、忍びの者へも同じ人間として尊重していたためである。

そんな忍びも、信玄の厠に待機していたと言う。
一心同体であったのだろう。


