
「その時、そちの左手は何をしていた。」
黒田如水と息子の黒田長政の有名な話だ。
黒田長政ほど、戦国時代の大物達に翻弄された
武将も少ないかもしれない。

幼少の頃、人質として信長のもとに預けられ、
父官兵衛の裏切りの疑惑のため、
信長に「切ってしまえ」と言われた。
その際にかくまってくれたのが、竹中半兵衛だった。
成人し、猪突猛進型の武将として
偉大な父に対抗していた時期もある。
また、秀吉の命で朝鮮出兵もし、
朝鮮の武将と一騎打ちで命を落としそうにもなった。
最後には家康の裏工作の主役として、
豊臣恩顧の大名たちを次々と徳川方に味方させた。

そうして与えられた筑前五十二万石。
偉大な父には分からぬ苦労もあったであろう。
・・・・那珂郡敬固村の近くの福崎のの地がよい
ということになって、山を利用して城を築き、
郭をかまえ、四方に濠をめぐらして、
築城し、福岡城と呼ぶことにした。・・・・
黒田長政
黒田家の先祖が、備前の福岡の里というところに
住んでいたことにちなんだ。
「親心、子知らず」などと言われるが、
無鉄砲な隠居爺の影で着実に出世をしていく息子。
そのおかげで大きな夢を馳せつつ、隠居できるのである。
「子の心、親知らず」である。



