
徳川家康は隠居城である駿府城に
ようやく戻った。
有名な鯛の天婦羅で食あたりを起こして
寝込んだ。という場面である。
実際には食あたりが死の原因ではなかったというが、
すでに自身の死が近づいていたことを悟ったという。

二代将軍の秀忠を駿府城に呼び、
最後の帝王学を伝授した。
家康が秀忠に「わしが死ねばどうなるか」という問いに
秀忠は、「天下は乱れます」と答えた。
・・・・「いいや乱れまい」と、家康は断定した。
ざっと済みたり。・・・・

普段なら、秀忠の答えに不服を表す家康であったが、
このときばかりは、微笑を与えたという。
まさに戦国きっての長寿をまっとうしようとする
男には、年少のころからの辛苦や様々な出来事が
走馬灯のごとく思い浮かんだのであろう。



