
・・・・駿府では、美少年が多い。
町を、華麗な小袖をきた美童があるいてゆく。
理由がある。
今川義元の好みであった。
この京都文化の心酔者は、京都におけるあらゆる
知的文化を駿府に導入することに熱中し、
ついには京に淫するあまり、
こういう嗜好までひき入れてしまった。・・・・

この物語では「猿」と呼ばれていたころの豊臣秀吉の、
出世の糸口をつかむ前の時期の駿府周辺のことにについて
書かれている。
・・・・屋敷などはどことなく古雅で、
とくに今川殿の居館にいたっては、
(都の内裏もこうか)
と想われるほどの雅致に富んでいる。・・・・
新史太閤記 (上巻) (新潮文庫)
小京都と呼ばれていたころの駿河の国府の情景である。




