
西郷隆盛率いる薩摩軍は、西南戦争で
加藤清正の築いた巨城、熊本城攻略に手を焼いていた。
まるで「加藤清正と戦っているようだ」と感じただろう。
それほどの堅城だったようだが、薩軍の攻めも拙かったようだ。

・・・・「熊本の城は、この青竹(いらさぼう)一本で」
土くれを打つようにしてたたき割る、
というふうにしか攻城法を考えていなかった桐野は、
陸軍少将でありながら、
攻城は砲兵力による以外にないという初歩的な知識さえ
もっていなかったことになる・・・・
戊辰戦争で砲兵の運用が最も巧みであった薩軍が、
なぜ、十年後の西南戦争でこのようことになったのか?
ということも書かれている。

当時最強の軍隊も、過去の驕りでもあったのか、
この熊本攻城戦のつまづきで、運命が変わる。



