
加藤清正が精魂込めて造った熊本城に残る櫓群は、
当時でも目を見張るものがあったそうだ。

現在でもその天守、櫓はひとつづつが時代を
物語っているように思える。
・・・・熊本城下のひとびとは、士農工商問わず、
この城の天守閣のことを、
「おてんし」
とよんでいた。
熊本城は全国の城のなかでもひどくめずらしいことに、
天守閣が、三つ−−−御天守、小御天守、宇土櫓−−−
あったことだった。
城下のひとびとはそれぞれの天守閣を、
「一のおてんし、二のおてんし、三のおてんし」
というふうによんでいた。・・・・

日暮れ時、まばらになった人影のなかで、
宇土櫓の雨戸が「パタン、パタン」と閉じらていく音が、
遥か昔のこの城での空間にたたずむような錯覚におちた。



