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妻が運営している「ご当地ですよ!」というサイトの中に、百名城のコメントを書いてくれと頼まれたことがきっかけで、ブログを始めました。
元々好きだった日本各地の城を実際に一つずつ訪ねる旅は、時間がかかることですが、思わぬ楽しみとなっています。

ヒデムラの百名城
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二条城 〜世紀の対面〜

秀頼が大坂ににいる限り、上方の民は豊臣びいきである。
将軍職を秀忠に譲り、徳川幕府を磐石にしたいと考える家康にとって
まさに目の上のたんこぶは秀頼、豊臣家のこと。
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そこで、徳川の京都の拠点である二条城に、
秀頼上洛の命を発した。

上方においては、すでに豊臣から徳川の時代に変わっていることを
家康存命中に知らしめねばならない。
nijojo_3.jpg


果たして、秀頼上洛。
街道を埋め尽くす故太閤を偲ぶ民衆。
皆が、秀頼を良き太閤時代の再興を願っている。

家康は噂では、「秀頼殿は故太閤に似て、痩せているお人」
と聞いていた。

しかし、二条城玄関先で籠から降りた秀頼は、家康に衝撃を与えた。

  ・・・・秀頼は出た。
      家康はあやうく声をあげそうになった。
      背の高さは五尺八寸を超えているであろう。
      色白く両眼涼やかで堂々たる偉丈夫であり、
      かれが立っただけでそのあたりに光芒を
      射さすかのようであった。

      この秀頼の骨柄の大きさは母方の祖父
      浅井長政の生きうつしであり、
      もしその頭脳気根まで長政から遺伝していると
      すれば容易ではあるまい。・・・・・・


豊臣家の人々 (中公文庫)(第九話 淀殿・その子)より抜粋

秀頼19歳、家康自身の歳から見ると、後年の脅威であったのであろう。
ついに豊臣家を無きものにする決心をした。

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