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ヒデムラ

妻が運営している「ご当地ですよ!」というサイトの中に、百名城のコメントを書いてくれと頼まれたことがきっかけで、ブログを始めました。
元々好きだった日本各地の城を実際に一つずつ訪ねる旅は、時間がかかることですが、思わぬ楽しみとなっています。

ヒデムラの百名城
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海津城 布石の城問答

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上杉と武田の北信越でのぶつかり合いが
激しさを増してきた頃、高坂昌信と山本勘助は
川中島周辺に城が欲しいと考えた。

信玄の許しを得て昌信、勘助は
来たるべき上杉との大合戦を前に
綿密な打ち合わせを重ねていた。

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切れ者の昌信と勘助。
のちの海津城を築城する目的について
問答を繰り広げていた。

高坂昌信は、武田勢の苦戦を予想し、
武田一門が討たれても、勝頼だけでも助かるように
海津城が必要だという。

しかし、山本勘助は少し違った。
武田が勝つに決まっている。
大激戦の後、敗走する上杉勢の横腹に突入すべき
新手の小部隊を入れておく城だと主張する。

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そして、海津城が完成した。
信玄を迎え入れた昌信と勘助は、
その第一声に耳を疑った。

・・・・「月にいいだろうな、月に。
     毎年ここで
観月の宴を張ることにしたらどうかな」・・・・


風林火山 (新潮文庫) /井上靖 より抜粋

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川越城 美しき使者

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北条氏康が当主となった関東北条氏。
関東管領上杉氏、関東公方の足利氏、
甲斐の武田、駿河の今川に包囲網を敷かれ、
関東には暗雲が覆う。

関東北条氏の最北端、川越城は地理的にも
戦略上最重要な城だった。

その川越城に、北条の最強軍団を率いる
北条綱成が入った。

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小田原城からは北条本体を率い、
北条氏康が出陣した。

しかし、川越城はすでに八万の大軍に包囲され、
身動き出来ない。

さしもの北条本軍も手も足も出せず、
時がたっていった。

北条氏康は策を用い、わざと小戦に負け続けた。
そして機を見て、籠城中の川越城に使者を使わそうととする。
しかし、敵連合包囲陣を突破するのも至難のわざ。

そこで、北条綱成の弟、綱房が買って出る。
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綱房は、兜を脱ぎ、総髪を垂らし、
「匂うばかりに凛々しい若武者」となり、
敵包囲陣の中央を駆け抜ける。

敵は綱房のあまりの美しさと大胆さに、
唖然とするばかり。

・・・・一陣の風が、美しい若武者を運んでいるように見えた。・・・・

北条綱成(つなしげ) (PHP文庫) /江宮隆之 より抜粋

見事川越城に入城した綱房が兄綱成に
氏康の夜襲の策を伝えた。

そしてまた、氏康の元へ返事を伝えに戻る。

またしても美しい若武者に対し、
敵はほれぼれとし、手出しをひかえた。

この勇気が、世に三大奇襲戦と呼ばれる
「川越夜戦」を大成功に導いたのである。

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川越城 ~原野の巨城~

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北条早雲がまだ伊豆一国の主であったころ、
関東の原野では、二つの関東管領を名乗る勢力が
しのぎを削っていた。

上州の山内上杉氏と武蔵の扇谷上杉である。

・・・・ 古来、都びとが作歌の上でおどろいてきたように、
     ここは一国おしなべて野であり、月が草から出る。
     早雲も感動をあらたにし、・・・・


箱根の坂〈下〉 (講談社文庫) /司馬遼太郎 より抜粋

と、言われる坂東の原野で、互いの勢力をぶつけるわけでもなく
謀略に謀略を重ねる抗争が続いていた。

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そんな関東原野に威勢を誇っていたのが、川越城であった。
関東ではぬきんでて大きな規模であった。

その川越城には扇谷上杉がこもっており、
北への領土拡張を狙っている。

そこへ、北条早雲が援軍として川越城へ入城した。
早雲は想った。この原野での戦術を身に付けねば...

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後の北条による関東制覇の偉業はこのときから
始まっていたのかもしれない。
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伏見城 ~最後の役目~

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鳥居元忠家康に十三歳から仕え、
主君とともに幾多の苦難を
乗り切ってきた自負がある。

太閤秀吉亡きあと、東西手切れとなり、
城代鳥居元忠が守る伏見城
西軍の軍勢が取り囲んだ。

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それ以前にこのことを予測していた
主従は最後の別れを涙ですごした。

元忠自身、これが主君家康への
最後の役目であることも承知していた。

四万の西軍による攻撃が開始されたが、
討ち死にを覚悟した城は容易に落ちない。

しかし、伏見城内から内応者が出、
元忠が籠もる本丸に敵が殺到してきた。

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そんな中、元忠は自ら最後の奮戦をし、
四たび敵を退け、味方から感嘆の声が漏れる。

が、とうとう元忠にも最後の時が来る。

・・・・ 「鳥居彦右衛門元忠どのとお見受け申す」
     中略
    「あわてくさるな。名を名乗ってからかかるものじゃ」
    「はッ。雑賀孫一郎重朝でござる」
    「誰の家来じゃ。主人の名から先にいえ」 ・・・・


徳川家康〈17 軍荼利の巻〉 (山岡荘八歴史文庫) より抜粋

鳥居元忠、最後の最後まで敵に対しても
守り役の役目忘れず。

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