近藤勇は幼い頃から大名になることを夢見ていた。
少年の頃の名前は、勝太。
武州南多摩の百姓の子であった。
あるとき、祖父から、先祖は武士であったということを聞いた。
男である以上、「自分には戦国武将の血が流れている。」と思いたい。
そして、武士になる日を信じていた。

幼なじみの百姓の娘「おえい」に恋をしていたが、
その娘は先祖の主筋にあたるため、
自分は家来だと言うだけで進展はしない。
勝太は、いかつい顔を恨めしく思い、
いつしか剣の道に没頭する。

おえいは、勝太を変なやつだと思いながらも、
その異相と異常行動に対し、気がおけなくなる。
近藤勇と名乗り、江戸へ修行に行く際、
おえいは自分の気持ちを整理出来なかった。
しかし、女中にめざとく感づかれ、釘をさされる。
・・・・「前略・・・あの子はもう村には帰って来ないよ。
年寄りがよく言うだろう。
昔から風変わりな顔つきのやつが村に残ったためしがないって。
あれさ、あの子も、ああ口が大きくては残れまいよ。・・・」・・・・侍はこわい (光文社文庫)
/司馬遼太郎/ただいま十六歳/より抜粋
強く思う夢は実現する。
京都へ行き、世を旋律させ、大名級の存在となり、
そして破滅の道へ...
昔恋した幼なじみの住む村を大名駕籠に揺られながら何を想っていたか。
甲州城に向かう
近藤勇にはもう名残惜しむものはなかっただろう。

大政奉還後、京都を戦慄させた
新選組も
行き場を失い、崩壊寸前だった時期に、
思いもよらぬ情報が入った。
幕府瓦解後の甲州百万石が置き捨てになっている。
甲府城が手に入る。
近藤勇、勇躍して
甲府城攻撃の軍を起こした。
その名も「甲陽鎮撫隊」。
・・・・かつてはこの道を武田信玄の軍勢も通って関東に入り、
豊臣秀吉の軍勢も通って八王子を攻めたはずの道で、
あるいは百年前、江戸を発った近藤勇の軍勢がここをのぼり、
大砲を引きながら甲州(山梨県)へむかった。・・・・ワイド版 街道をゆく〈1〉甲州街道、長州路ほか
/司馬遼太郎/朝日文芸文庫 より抜粋
甲府城へ向かう
近藤勇の心境はどのようなものだったか。
これが最後の進軍になるとは思っていなかっただろう。

三代将軍、徳川家光の栄光の影で、
一つの命が消えようとしていた。
家光の弟、駿河大納言忠長である。
甲斐甲府城で、やがて下る裁断を待っていた。

「生まれながらにして将軍」の家光は、
徳川幕府を盤石にしようとする側近達によって
処分されようとしている弟忠長へ
救いの手を延ばす。
しかし、謀反の疑いのある忠長の
処分を寛容にすれば、徳川体制に隙が出来てしまう。
・・・・「春日、その方は何と思うぞ。
今日の評定でな、駿河を助けようと
申した者は一人もおらぬ。
駿河は、それほど皆に憎まれていたのであろうか?」・・・・徳川家光〈1〉 (山岡荘八歴史文庫)
/講談社文庫 より抜粋

側近達が言葉を濁していたのに反し、
乳母、春日の局ははっきりと忠長の処分の必要性を語ったのであった。
のちに、高崎城に移送された駿河大納言忠長は自害。
家光と徳川体制の影に、若い命を捧げた。