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ヒデムラ

妻が運営している「ご当地ですよ!」というサイトの中に、百名城のコメントを書いてくれと頼まれたことがきっかけで、ブログを始めました。
元々好きだった日本各地の城を実際に一つずつ訪ねる旅は、時間がかかることですが、思わぬ楽しみとなっています。

ヒデムラの百名城
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伏見城 ~最後の役目~

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鳥居元忠家康に十三歳から仕え、
主君とともに幾多の苦難を
乗り切ってきた自負がある。

太閤秀吉亡きあと、東西手切れとなり、
城代鳥居元忠が守る伏見城
西軍の軍勢が取り囲んだ。

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それ以前にこのことを予測していた
主従は最後の別れを涙ですごした。

元忠自身、これが主君家康への
最後の役目であることも承知していた。

四万の西軍による攻撃が開始されたが、
討ち死にを覚悟した城は容易に落ちない。

しかし、伏見城内から内応者が出、
元忠が籠もる本丸に敵が殺到してきた。

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そんな中、元忠は自ら最後の奮戦をし、
四たび敵を退け、味方から感嘆の声が漏れる。

が、とうとう元忠にも最後の時が来る。

・・・・ 「鳥居彦右衛門元忠どのとお見受け申す」
     中略
    「あわてくさるな。名を名乗ってからかかるものじゃ」
    「はッ。雑賀孫一郎重朝でござる」
    「誰の家来じゃ。主人の名から先にいえ」 ・・・・


徳川家康〈17 軍荼利の巻〉 (山岡荘八歴史文庫) より抜粋

鳥居元忠、最後の最後まで敵に対しても
守り役の役目忘れず。

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伏見城 ~陽の役者、陰の役者~

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闇に紛れてその男はやって来た。
伊賀の忍び、葛籠重蔵
最後の伊賀者である。

故郷、伊賀の里を織田信長によって
滅ぼされた恨みをその後継者である
秀吉に向けたのである。

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現世に君臨する秀吉
闇の世界に生きる重蔵。

ついに欲望渦巻く伏見城で両者は合間見えた。

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ふいをつかれた秀吉であったが、
さすが大地の王者らしく振舞おうとするが、
今は漆喰の夜。
葛籠重蔵のほうに分があった。

伏見城の黄金の天守閣は、
昼でこそその威容を誇るが、
闇夜では、その威容がかえって不気味さを
かもし出している。

両者、少しでも相手より上段に立とうと
緩急自在の弁舌を繰り返した。

それに飽きた重蔵が、
ついに秀吉に手をかけた。

・・・・「とんだ、茶番だったな、秀吉」・・・・
                       
   梟の城 (新潮文庫) /司馬遼太郎/より抜粋


重蔵が重圧に負けた。
と、見るか、最初から秀吉の負けだったのか。
それとも夢だったのか。
歴史に残らぬ出来事であった。

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江戸城 ~開拓者の入城~

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豊臣秀吉の小田原城攻めが終わる頃、
秀吉家康を連れ小便に誘い、
北条氏を滅ぼした後、
家康に関八州を与えると言ったという。

この言葉の裏の意味が怖いほど分かる家康にとっては、
苦渋の決断であった。

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三河以来の家臣達は猛反発をしたが、
すでに、反抗を実現できる状況ではなかった。
家康秀吉に臣従したばかりであったのだ。

・・・・「居所ハ、江戸城然ルベシ」
    (中略)
    江戸しかるべしと秀吉が言ったのは、
    かれの貿易立国の思想から出ている。・・・・


街道をゆく〈36〉本所深川散歩・神田界隈 (朝日文芸文庫)
/司馬遼太郎/ より抜粋

この言葉で、秀吉に顔色の変化を
読みとられないようにしていた家康の脳裏に、
未来の繁栄都市の姿が一気に沸き上がった。

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こうして不平を言う家臣を引き連れ、
粗末な江戸城に入った。

後に人口100万人を養う城下町は
ここから始まるのであった。

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二本松城 ~駆け引きを見守る城~

二本松05

関白秀吉の奥州征討も終わり、
相次いで国替えが行われた。

歓ぶ者、歓べない者が各地でそれぞれ
次の手を考える。
二本松06

ここ奥州でも、あわよくば天下を掴もうと
野望を持つ武将が二人、それぞれ手ぐすねを引いていた。

一人は蒲生氏郷。知勇兼備の実力派。
故織田信長にもその武勇を賞賛され、娘婿となり、
織田家の正統な後継者の資格を持つも、
秀吉に出し抜かれた経緯がある。

もう一人は一時期、奥州王でならんとした伊達政宗。
多くを言うまでもないであろう。
二本松07

秀吉が治めたばかりの奥州で一揆が発生した。
上の二人の対戦はこの時に起きた。

ともに秀吉傘下で共同戦線をはるはずが、
移封してきたばかりで地理に暗い氏郷に対し、
政宗は不気味な圧力と威嚇を行う。

これを見守る奥州の拠点は二本松城であった。
軍艦である浅野長政は一触即発の二人にひやひやする。
噂では一揆を煽動しているのは伊達政宗であるという
ことも気が気ではない。

そんな政宗が黄金の磔柱をかつぎ
秀吉に釈明する有名な場面がこのあとのこと。

・・・・まず米沢を出発すると岩代の杉ノ目から
    二本松へ出て、ここで浅野長政と会見し、
    悠々と領民たちに、この晴姿(?)を
    誇示しながら旅をするのだから時間がかかる。
    「なに、あの小僧めが黄金の磔柱を!?」
    秀吉は唖然とした ・・・・・・・・・・・・・・

伊達政宗 (2) (講談社漫画文庫) より抜粋


この釈明の結果は、皆さんの周知の通りなので割愛する...

二本松08




石垣山城 ~もうひとつの駆け引き~

小田原城を取り囲む豊臣秀吉軍の石垣山城で
もうひとつの駆け引きの幕が降りようとしていた。
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秀吉が九州を鎮圧していたころ、
奥羽の諸将たちは、様々な動きをしていた。
中でも伊達政宗は、あわよくば奥州王として
天下を望んでいた。

しかし、登場が遅すぎた。

しぶしぶ石垣山秀吉のもとへ出向いた政宗。

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・・・・秀吉は普請場にあらわれた政宗をみるや、
    にこにこと笑いかけながら、手招きをした。
    
    中略

    「いますこし、参着が遅れたなら、
     ここがあぶなかったぞよ」
   
     いいつつ、杖の先を政宗の頸へ差し当てたものだ。・・・・

池波正太郎/真田太平記(三)/新潮文庫>より抜粋

さすがの伊達政宗秀吉にかかっては子供扱いであった。
役者としては、秀吉のほうが一枚上であった。
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