
江戸城は当時最大規模を誇った。
徳川幕府を盤石にする布石として、
家康に臣従した大名達に江戸城の
増改築を手伝わせた。
財政の疲弊していた諸大名達は、
数回に渡る命令にうんざりしていた。

そんな中、肥後の太守加藤清正だけは、
黙々と城の普請に精を出す。
加藤清正は言わずと知れた築城の名人だ。
当時の江戸城周辺は、
江戸湾を埋め立てさせた土地のため
湿地帯になっていて、普請も一苦労であった。
清正は、重臣の森本儀太夫に普請奉行を命じた。
儀太夫は、近くから萱や枯れすすきを集めさせ、
石垣を築く地点にある沼に投げ込ませた。
そして、近所の子供達に思う存分その上で遊ばせた。
そして、踏み固められた萱の上にようやく石垣を築き始めたが、
他の諸大名達はすで石垣も完成している。

ある夜、暴風雨が普請現場を直撃し、
他の石垣が崩れ落ちる中、加藤家の築いた石垣だけは
びくともしなかったという。
・・・・「沼地をかためるのに、急ぎあわてて何になろうか」
加藤清正は、故太閤秀吉の下で、いくつもの名城の
建築にたずさわっている。
日本一の ”土木建築の大家” とよんでさしつかえない・・・・
火の国の城 上 新装版 文春文庫 い 4-78
池波正太郎/ より抜粋
江戸城が現在も昔の雄姿を残しているわけが分かる気がする。









